むとうの読書ノート 孫子 形篇第四 四

孫子

【素材】

孫子 形篇第四 四


【引っかかった点】

勝兵は鎰を以て銖を称る(はかる)が如く


【最初の反応】

もはや何をいっているのか理解ができない。


【なぜ引っかかったか】

鎰は大きいお金で、銖は小銭ということは分かった。
それ以外何もわからない。
大金で小銭を計ると勝つの?


【今の仮結論】

冒頭に「兵法」とあるが、竹簡本には「法」のみの記載とのこと。
敬愛する曹操の注釈「魏武注」には「用兵之法」とあるらしいが、私は「法」で考えたい。

「法」が法律なのか、それとも法則なのか。

本文では
度 → 量 → 数 → 称 → 勝
という流れが示されている。

本書で言うと

  • 度 → 物差しで測ること
  • 量 → 升目で測ること
  • 数 → 数え計ること
  • 称 → くらべはかること
  • 勝 → 勝敗を考えること

とのことらしい。

なぜ4回もはかるのだろうか? 5回か?
しかも鎰や銖は、重さの単位の様だ。お金の単位ではなかった。

ちまちまはからず、大きくはかれば勝てるんだよ。
という話ではないと思うのだが。

もしかして計画立案の話かな?

  • 度 → 方向性
  • 量 → それをするのに必要な量は?
  • 数 → いまうちにはそれがどれくらいあるの?
  • 称 → 今ある量と必要な量を比べる
  • 勝 → いけるかな?と判断する

孫子は、相手の軍隊より自分の軍隊の数が10倍なら囲むし、5倍なら攻める…など、数は結構厳密な判断材料にする。

感情的なものを捨てて、情報を頼りに、必要な量を算出して、現状の中で、数が出せそうなら行動してもいい。
厳しいなら控える。

という解釈をしたいが、それでも鎰と銖の話はよく分からない。

ただ、物事を考える上で、適切な桁数はあるかもしれない。

だから、家を建てるのであれば、建材はミリ単位で考えるし、ランニングをするならキロ単位で考える。

軍を動かすのに一兵卒の気持ちは考えない。
大雑把に数と数をぶつける。
将軍の資質や兵隊の資質よりも、むしろ数で計画する。

属人的思考ではなくて、判断は数字でする。
そう言う事かな。


【行動・意識への接続(1つだけ)】

人の能力で負担を決めると集団は歪む。
人数で負担を考える。

150kgのバーベルをデッドリフトできる人間に対しても、20kg以上の重量物は2人で運ぶよう指示する。
一般的な人間であれば、誰でもできる基準で段取りを考える。

そうすれば、賃金などの基準もブレない。


【保留メモ】

鎰の例えは数的な判断、銖の例えは個人の資質で判断、は無理やりすぎるか?

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