【素材】
(本・記事・章タイトル・著者など)
→韓非子 主道第五(2回目)
【引っかかった点】
(引用 or 要約を1〜3行)
→前回、老子の「道」を換骨奪胎していることが気に食わず、韓非子を読むのをやめていたが、chatGPTが、韓非子は読む価値があるというので、再開することにした。
【最初の反応】
(読んだ瞬間に浮かんだ感情・思考)
→名君の基本スタンスは、空虚であれ、か?
【なぜ引っかかったか】
→君主に権限を集中させるが、臣下との距離も遠のき、空洞が生じないか?
【今の仮結論】
(今の段階での整理)
→chatGPT曰く、「韓非子の強さは法の運用ではなく、野心を持った人間たちをシステムで縛り運用するテクニックである」らしい。
主道第五は君主のあるべき姿を論じているようだ。
簡単にまとめる。
・君主は、自分の考えを臣下に悟らせてはいけない。
・君主の意図が読めないから、臣下は自分の能力を最大限発揮する。
・君主は、見ていない様でいて、見ているし、聞いてないようで、聞いている様に振舞いなさい。
・信賞必罰は、臣下の言行一致を基準とする。
・君主は、権限を臣下に与えない。
・臣下には、自分の仕事のみに専念させて、横のつながりを無くすようにしなさい。
・君主は自分で仕事はせず、臣下の良し悪しを見極める事を大切にしなさい。
簡単にまとめるとこんな感じか。
会社で言えば、社長は目標もなにも示さずにただいるように見える。
社長が見ている前で、役員は各々思いつく限りの意見を出し、そして会社の方針が決まっていく。
社長は、何も言わないし、無表情を貫く。
社員は各々、目的を設定する様に言われる。
会議の結果に沿う形で、自分なりに目標を決めるのだ。
期末にその目標と達成率を確認され、それによって評価が決まる。
しかしながら、他の部署と連携することは許されない。
当然、飲み会なども禁止なのだ。
このふんわりした組織体、誰が明確に運営するのだろうか?
社長が、見ざる聞かざる言わざるならば、
誰が、社長に現状を説明するのだろうか?
社長が、見ざる聞かざる言わざるであるのに、
どうして社長が正当な評価を下せようか?
このあいまいな組織で、自分が独自に目標設定する意味はあるのか?
この組織はどこに向かうのか?
言行一致している人間のみ信じていき厚遇していくのであれば、
それは、人を見極めることを放棄しているに等しい。
物事は、予測不可能なトラブルが付き物であり、
挑戦には失敗はつきものだ。
言行一致を第一とするなら挑戦なんてしなくていい。
ただ、組織の成長も目指さず、派閥を無くし、自分のイエスマンを飼うだけが目標ならば、これでもいいのかもしれない。
ただ、君子の在り方をこのようにする意図は、私には、
自分が嫌だったことを遠ざけるための方便にしか見えない。
・派閥が出来て、強い派閥が幅を利かせて嫌だった。
・君主が我を出して、自分の献策が取り入れられず嫌だった。
・君主以外が、なんか力をもって嫌だった。
・評価制度が曖昧で嫌だった。
・口が上手い奴だけが評価されて嫌だった。
・見通しのない仕事を振られて嫌だった。
こんな声が聞こえるようだ。
組織として、生き残るためには、これらのバランスを取るしかなくて、
これらを完璧に排除などできない。
派閥は時に力を生むし、君主の考えが無ければ、組織は動かない。
君主一人で全てを評価することなんて不可能なのだから、分業が必要で、そこで権力の移譲が行われるのは不可避。
下の人間はそうした力学の中で、生き残れるようにふるまう努力をするしかないのだ。
このような君主論は、嫌なものは遠ざけられるけど、
組織としては衰退していくのは無いだろうか?
あとそこで働く人間には、ブラックな環境が与えられるのは言うまでもない。
嫌なものを遠ざけた結果、緩やかな組織体の崩壊が進んでいく。
【行動・意識への接続(1つだけ)】
(明日から意識することを1つ)
→生きていくうえで生じる嫌な事は結構ある。
でもそれらを遠ざけているだけでは、緩やかに
自己がスポイルされていくだけである。
絶対について回るモノなので、自分で少しずつ
対処していくしかない。
対処を積み重ねて、付き合い方が分かっていく。
負け続けてもいいが、触れ続ける必要がある。
見て見ぬふりをし続けると、どうしようなくなる。
【保留メモ】
(今は結論を出さない問い)
→この空洞を埋めるのが、法なのだろうけど、法って絶対の基準になりえないのは理解しているのか?そこには個々人の思想や哲学がどうしても入ってしまうのだが。
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