【素材】
(本・記事・章タイトル・著者など)
→日本の思想 Ⅱ 三 「意匠」剥離の後に来るもの
【引っかかった点】
(引用 or 要約を1〜3行)
※「正しい」「共感した」ではなく
👉 引っかかった/ムッとした/違和感があった点
→指導理論とはどういう意味なのか?予めある理論があり、その通り間違いなく事を運べば、決して失敗する気遣いがない、そういう理論をいうのでありましょう。それならば、そんな理論が、今日ない事は分かり切ったことではないか。
【最初の反応】
(読んだ瞬間に浮かんだ感情・思考)
例:
・反発した
・腑に落ちない
・図星を突かれた
・でも現実では違う気もする
→指導理論がないとの指摘があったらしい。
【なぜ引っかかったか】
(自分の経験・価値観・今の状況との接点)
→そうは言うが、指導理論は必要でしょう。
【今の仮結論】
(今の段階での整理)
※ 正解を出さなくていい
※ 後で変わってOK
※ むしろ変わる前提
→マルクス主義的な考えは、文学者の思考の根に政治的かかわりを強制したようだ。
マルクス主義について結局よくわからないのだが、とかく共産主義者は文章が硬い。
「何々的政治をを粉砕せよ」とかそういう言葉を使う。
とても抽象的かつ強い言葉を好む。
一昔前で言えば「〇●政治を打倒する」だったか。
言い換えれば、具体性と実現性が皆無だった。
一方で、陸上自衛隊員が仕事で使う言葉は簡単明瞭だ。
「0815舎前集合」「璽後については、発汗後の処置、以上解散」
このような言葉を日常的に用いる。
言葉は確かに意味を持つが、力を持っていると勘違いしてはいけない。
一般的に力なき人間が、強い言葉を選びがちだ。
実力組織において、言葉はその通りの意味しか持たない。
指導理論というものを考える。
指導理論の目的と実践が対称性があれば、それは意味を持つと思う。
マルクス主義的革命思想の行きつく先が革命思考であったとして、行動が「文学の根に政治的思考を持つ」、ゴールが「革命」では、いささか、理論の飛躍が過ぎたように感じる。この飛躍に対して、全てを内包しうる「指導理論」は存在しない。
しかし、陸上自衛隊を例にするのであれば、国防という目的があり、戦力の維持が必要。なので、毎年新隊員を募集する。新隊員が中隊に配属されるにあたり、この程度の能力は必要。だから指導する。指導に対してやっていいこと、悪いことなどを理論化する。徹底する。それだけのこと。目的と理論が無理なく対称性をもつ。
こういう目的と行動の対称性が無ければ、指導理論という言葉も暴走してしまうのだろう。
【行動・意識への接続(1つだけ)】
(明日から意識することを1つ)
※ 小さくて具体的でOK
→今やっていることと目的は対象になっているかを確認する。
女性とお付き合いするために自分磨きをするのは結構だが、いつまでやるのか、どの程度までやるのかは決めておいた方がいい。それよりももし今好きな女性がいるのであれば、そのような間接的なアプローチではなく、その女性を知ることが一番のアプローチである。
【保留メモ】
(今は結論を出さない問い)
→章の最後に出てくる「葉隠」も宮本武蔵の「五輪の書」も、指導理論だが?


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