【素材】
孫子 勢篇第五 一
【引っかかった点】
戦争が行われるといつでも、まるで石を卵にぶつけるように[たやすく敵を打ちひしぐ事が]できるのは、[充実した軍隊ですきだらけの敵を討つ]虚実の運用がそうさせるのである。
【最初の反応】
この文章はそういう話なのか?
【なぜ引っかかったか】
なにか、本文の説明と、翻訳のテンションが違う気がする。
【今の仮結論】
「まず、指揮をしやすくするため、部隊を分けましょう。
動かすために合図を決めましょう。
どんな敵にも対応できる様に、正攻法も奇策もできる様にしましょう。
石を投げて卵を割る様に正確に、効果的に兵を増員しましょう、それが虚実です。」
以上の様に私は解釈した。
翻訳と私の解釈の大きな違いは、虚実の説明です。
翻訳では、実で虚を討つことによって、石を投げて卵を割るかのように容易く敵を打ち破れるとしているように読めます。
しかしながら、私は、これを、追加の兵の投入方法と考えました。
戦闘になればいかに素晴らしい軍隊を編成しても欠員が出ます。
そうなると兵の数が足りない箇所が発生します。
これを「虚」と呼ぶと考えます。
「虚」は自軍に敵軍にも発生します。
自軍の「虚」に兵を加え、相手の「虚」に兵を送る。
過不足なく状況を見極め、兵員を追加することが、虚実であると孫子は説明していると解釈しました。
翻訳より、イメージはかなり地味です。
私は、これこそが孫子の本質だと考えます。
孫子は「戦わずして勝つ」ことを至上にしています。
戦わず勝つために必要なのは、事前の調整です。
孫子は、戦うことを求めていません。
戦う時点で、失敗です。戦うならば数を揃えろとずっと言っています。
数を揃えて戦うことが正攻法です。勝利の糸口を見出す方法は奇策をもって相手を揺さぶると見えやすい。
ここで大切なのは、奇策だけでは勝てないということです。
数と数を正対させる正攻法の中で、奇策をもって揺さぶることができる。奇策の良さはそれだけです。
孫子は「奇策で勝て」とは言っていないのです。
虚実も、適切な兵員の追加投入であると言っています。
実をもって虚を討つとは言っていません。
虚実という言葉も一人歩きしていると私は感じます。
【行動・意識への接続】
健康管理、金銭管理、人間関係の管理、精神管理。
人生で円満に生活していくにあたって必要なのはこの4つの管理でしょう。
この中で自分の「虚」が無いか考える。
足りないところがあると、結局他の部分もダメにします。
自分に足りない分野はどこか、考える時間を持ちましょう。
完璧を目指さず、少しでも改善です。
【保留メモ】
「勝ち」を求めていない孫子の書の解釈は常に「勝ち」を求めるのはなぜか?


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