むとうの読書ノート 老子 第3章

老子

【素材】

(本・記事・章タイトル・著者など)

老子 第3章

【引っかかった点】

(引用 or 要約を1〜3行)

欲すべきを示さざれば、心をして乱れざらしむ。

【最初の反応】

(読んだ瞬間に浮かんだ感情・思考)

確かに、理論上はそれで治まるかもしれない。

【なぜ引っかかったか】

でも、外敵から身を守れるのか?イノベーションはあるのか?

【今の仮結論】

簡単にまとめると

革新的な意見を重視しない。金になることを追求しない。
何が今必要か無理に示さない。給与はしっかり払う。大それた大逆転を求めない。
心の中を空にして、だからこそ目の前のことに集中せよ。
その必要が無いなら、「何もしない」をしなさい。

こんな感じかと感じた。
確かに、これなら、堅実な国家経営を出来るかもしれない。

でも発展性を感じない。そう感じた。

老子という骨太な考えが、2000年以上も読み継がれてきている。

その3章である。それだけではあるまいと3日考えた。

まず、堅実な国家運営を計画していた場合を考えた。

明確な計画があって、人員配置も予算も適切で、全てが計画通りに進んでいる時、この考えはとても良いと思った。

こういう時、頭のいい人はしばらく出番が無くなる。なので、斬新だが、リスクの多い献策をすることもある。でも経営者はそれには乗ってはならない。調子がいいと、金になるビッグ案件が舞い込む。でも経営者は乗らない。当初決めた計画通りに下手に手を加えずに進めていく。まるで作物を育てるかのように、余計なことはせず、適切に手を加える。

しかしながら、この第3章に、

勝手に堅実な国家運営の計画を加えるのもおかしいと感じた。

そんな記載はないからだ。

なのでまた考えた。

そして、これは、人間や組織の基本的なスタンスなのだと思い至った。

何かを為すために、困難に直面した時など、人や組織は、その事象に対応するため、大きく動かなければならない。

場合によっては、大きな計画を立てたり、戦ったりする。

でも、ずっとそのマインドではいけない。
平和の時のスタンスやマインドは、戦時のものであってはいけないのだ。

「何もすることが無い時は、何もしなくてよい」のである。

暇なときに、無理して仮想敵を創ったり、敵を仕立て上げたりする必要はない。平和な日常を謳歌する。

ふとこういう瞬間が思いがけないイノベーションを生む。
だからこういう日々が人間や国家には必要なのだ。

「為す無きを為す」
ふと、今やっていることをする必要が無いなと思ったとき、無理にすることを創らず、何もしない。

現代社会の人間にも国家にも必要な余白で、「為す無きを為す」スタンスは、ふと立ち戻るべきものなのかもしれない。 

そう感じた。

【行動・意識への接続(1つだけ)】

(明日から意識することを1つ)

やらんでいいものをやらない。
常識や慣習でやらされているもので、別にやらなくていいものはいくらでもある。自分なりに考えて、やらなくていいものと論理的に考えて行き着いたものをやらないでみる。それで何もなければそれでいいし、怒られても、説明して納得してもらえたらそれでいいし、駄目なら、次回からやればいい。多分、自分のものの見方が間違っていたのだろう。いい勉強になった。

【保留メモ】

(今は結論を出さない問い)

「為す無きを為す」中で生まれたイノベーションを活かす仕組みもなさそう。


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