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論語 陽貨第十七 一
引っかかった点
「宝をもらっておいて、役割を果たさないのは仁ですか?」
「役に立ちたいと言っておきながらどのチャンスを逃す事を知といいますか?」
最初の反応
孔子が丸め込まれた?
なぜ引っかかったか
陽貨はそれほどの人物なのか?
今の仮結論
孔子は仁者ゆえに、この構造で来られるともう逃げられません。
私は、仁者は「知」「勇」「仁」の3セットでPDCAを回す実務者だと解釈しています。
陽貨は弟子でもないのに、孔子の仁という概念をよく理解していたようです。
すでに贈り物(豚)をもらいながら、うまく留守を狙って挨拶を済ませ、形式上の礼を果たして身をかわそうとする孔子を捕まえる論法は、非常に鋭いものでした。
- モノをもらっておいて役割を果たさないのは仁なのか?
- やりたいことを公言しておいて、チャンスを逃すのが知なのか?
こう問われれば、孔子は「やります」としか言えません。
孔子が行動で身をかわそうとすることも、陽貨は読んでいたのでしょう。
行動・意識への接続
孔子は言葉と行動で生きている人間です。
そう生きている以上仕方のないエピソードです。
しかし、言葉と行動で生きていない一般の我々は、
安直に自分の本音を人に話すのは避けるべきです。
- 自分の願望
- 行動パターン
- 本音の置き所
以上のようなことが分かれば、もう構造的に理解されたも同然です。
これらが相手に理解されると、相手が悪者であればもう逃げられません。
口は災いの元なのです。
保留メモ
- 陽貨はどのような人物なのだろうか?
- やり手の官僚か?


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