むとうの読書ノート 論語 「徳」の考察その1

読書ノート

【素材】
(本・記事・章タイトル・著者など)

→論語 「徳」の考察その1

【引っかかった点】
(引用 or 要約を1〜3行)

→「徳」について孔子はどう思っているのか。

【最初の反応】
(読んだ瞬間に浮かんだ感情・思考)

→定義できないものなのだろうが、ある程度分からないと困る。

【なぜ引っかかったか】

→礼と仁の要だから、ある程度掴んでおきたい。

【今の仮結論】
(今の段階での整理)

→本当にわからないので、論語で「徳」について述べている部分をiいくつか挙げてその構造を見る。

①学而第一 九「終わりを慎み、遠きを追えば、民の徳厚きに帰す」

②為政第二 一「政を為すに徳を以てすれば、例えば北辰(北極星)が其処にあり、周りの星がこれに向かう様のようです」

③同 三「之を導くに政をもって行い、之を斉しくするするに刑を以てすれば、民は免れたことを恥じない。之を導くに徳を以てし、礼をもって斉しくすれば、民は恥じ入り且つ格(いた)る」

④里仁第四 十一「君子は、徳を懐(おも)い、小人は土をおもう」

⑤同 二五「徳孤ならず、必ず隣あり」

⑥擁也第六 二七「中庸の徳たる、それ至れるかな。民少なき事久し」

⑦述而第七 三「徳の修まらざる、学の講ぜざる、義を聞いて徒(うつ)る能わざる、これが私の憂いです。

⑧同 六「道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に遊ぶ」

⑨同 二二「天は徳を私に生じさせた。カンタイ(人名)はそれゆえ、私に何ができるでしょう」

⑩泰伯第八 一「泰伯はそれなので至徳というべきのみです。三度も天下をもって譲り、民は得て、称することもないのですから」

⑪同 二十「天下を三分してその二を有(たも)ち、もって殷に服従していた。周の徳は、それなので至徳というべきのみです」

⑫子罕第九 一七「私は色を好むくらい徳を好む人を見たことはない」

頑張って12個みつけた。以降もあるが、いったんこの程度で考えたい。なにも私が、徳はこれだと、断言するつもりもない。

まず①
「終わりを慎み、遠くを追えば、民は徳が厚い方に帰ってくる」とのこと。「終わりを慎む」「遠くを追う」という行動が、「徳が厚い」と言えるのかどうか、そこからまず疑問である。

まず「慎む」とは何なのか。
デジタル大辞泉より

つつし・む【慎む/謹む】
[動マ五(四)]
1 あやまちや軽はずみなことがないように気をつける。慎重に事をなす。「行動を―・む」「言葉を―・みなさい」
2 度をすごさないようにする。控えめにする。節制する。「酒を―・む」「暴飲暴食を―・む」
3 (「謹む」と書く)うやうやしくかしこまる。「―・んで御礼申し上げます」→謹んで
「君達きんだちさへ余り―・み給て、今は目も見せ給はねば」〈狭衣・四〉
4 物忌みする。斎戒する。
「ながき物忌みにうちつづき、著座といふわざしては―・みければ」〈かげろふ・下〉

つまりは、「終わりまで、慎重に事を為す」と言う事か。
では、「遠きを追う」とはどういうことか?

「遠い目標を追う」くらいに考えても良いだろうか。
では、「終わりまで慎重に事を為し、遠い目標を追うと、民は徳が厚い方に帰ってくる」と解釈して外れではないだろう。

逆に言えば、「最後までしっかりと物事を為す姿勢」と「長期的目標に対してブレない姿勢」があると、周りから見ると、「徳が厚く」みえる可能性があると言う事か。

徳というモノは、体と同じく厚みがあるというのも大切なことなのかもしれない。徳は、筋肉の様に、トレーニングの積み重ねで厚くなるのだろうか?

あと、遠き目標とは、どこまでが適切なのだろうか。
「世界平和」は確かに崇高かつ人類の共通の目標だが、あまりに実現が難しい問題で、一人が追求できるものでもない。

どこまでも世界平和を追求する人間は、徳は厚いといえるのだろうか。

これは②が参考になりそう。
徳とは、夜空における北辰つまり北極星のようなものであるそうだ。
夜空にあって、北極星は動かず、周りの星が動くばかりである。
「徳」をもって政治を行うと、その様になるそうだ。

つまり「徳」がなければ、その他の事は配置が決まらないという事か?
あとは、北極星は動かないように見える以上、徳というモノは不動のものなのかもしれない。

であれば「徳がある人間は不動である。」のかもしれない。
しかしながら①で、「終わりを慎み、遠きを追う」のが「徳が厚い」可能性があるので、人間は動くのだろう。

おそらく「生き方がブレない」のが、「徳」である可能性がある。
「ぶれないベクトルを保つ状態」が「徳」なのかもしれない。

ただ、どのようなベクトルが「徳」へ繋がるのが、そこはまだ論語を追いかける必要がありそうだ。

【行動・意識への接続(1つだけ)】
(明日から意識することを1つ)

→超長期的思考が「徳」につながる可能性がある。
「徳」は一旦置いておいて、「継続は力なり」とはよく聞く言葉である。実際、何でも継続していると同年代では突出した存在になれる。筋トレでも、スポーツでも、書道でも、読書でも、なんでもだ。なぜなら、30代以降はそれらを継続する人がほとんどいないからだ。
世界で一番は無理でも、地域トップクラスには、なれる。継続したものが無いと思っても大丈夫、今日からなにか初めて3ヶ月も続ければ、近所で一番には、なれる。

【保留メモ】
(今は結論を出さない問い)
→「徳」の基本は、信と忠である。そういう記載を見たことがある。いったいどのようなものなのだろうか?

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