むとうの読書ノート 孫子 虚実篇第六 一

孫子

【素材】

孫子 虚実篇第六 一


【引っかかった点】

先につくと楽「敵を待つと佚し」、後につくと疲れる「労す」。人を致して、人に致されず。


【最初の反応】

「佚(いつ)」という漢字はどういう意味なのか?
「人を致して、致されず」とは何を言っているのか?


【なぜ引っかかったか】

「佚」の意味を調べると、

  • うしなう
  • のがれる
  • 世を抜け出す
  • たのしむ
  • 遊ぶ

など、意味の幅がかなり広い。

ここまで意味が多岐にわたるなら、単純な訳語に落とすこと自体が、そもそも危険なのではないかと感じた。


【今の仮結論】

「佚」は、
失うであり、逃れるであり、楽しむである。

だが、文字構造を素直に見れば「人を失う」と読める。
ならば、ここでは「失う」として考えるのが自然ではないか。

では、何を失うのか。

おそらくそれは、「勢」と「節」だと思う。
人の勢いは時間によって失われやすい。
だから単に「早く着けばよい」という話ではない。

物事には適切な時機があり、
その時機そのものすら、こちらの行動によって作れるのだろう。

「敵を致して、自分は致されず」とは、その極意の話に見える。

つまり、

  • 相手には「自分の思い通りに動けている」と誤認させる
  • しかし、自分の意図は相手に悟らせない

という構造を作ること。

だから場合によっては、相手を先に行かせて良い陣地を取らせてもよい。
逆に、相手が到着する時機を、もっともっと遅らせるように工作するのも有効だろう。
これは結局、「時機をどう支配するか」の話なのだと思う。

本文中には、敵を動かす方法も書かれている。

  • 敵を早く動かしたければ、利益があると思わせる
  • 敵の動きを遅くしたければ、危険があると思わせる

こうして戦場における「時機」そのものをコントロールする。
それが虚実篇冒頭のテーマなのだと、今は理解している。


【行動・意識への接続】

少し話はずれるが、「勢」と「節」を効果的に使うという意味では、
仮の締め切りを設ける方法は有効だと思っている。

何かをやらなければならないとき、
最初から完成を目指すと焦りばかりが出てクオリティが落ちる。

だから、

  • このフェーズはここまで
  • 次のフェーズはここまで

と仮の締め切りを複数作る。

日程は、「これ以上伸ばすとまずい」と思うギリギリまで広げておく。
締め切りまでの期間は、緩く情報収集や思索を行う。
そして締め切り直前になったら、一気にやり切る。

そうすると、それまでの蓄積が噛み合って、
結果的にそれなりのものが出来上がる感覚がある。

これは「勢」と「節」を意図的に設計している行為だと思っている。


【保留メモ】

同じ目線に立てば、「致される」状況は必ず生まれる。
そうならないためには、

  • 視線をどこまで高く持つべきなのか
  • 計画期間をどこまで長く設計すべきなのか

このあたりは、まだ結論を出さずに持ち続けておきたい問い。

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