【素材】
(本・記事・章タイトル・著者など)
孫子 計篇第一 二~四
【引っかかった点】
(引用 or 要約を1〜3行)
四の最後が「、」で終わるけど、その続きってあったのだろうか?
【最初の反応】
(読んだ瞬間に浮かんだ感情・思考)
一に引き続き、「計」や「兵」などが何を示すのか探求したい。
【なぜ引っかかったか】
五が無く、作戦篇に進んでしまうが、「、」で終わるのは、孫子では当たり前のことなのか、判断に困るな。
【今の仮結論】
(今の段階での整理)
一に引き続き、素直に読んでいく。
先ずは二の書き下し文から
将 吾が計を聴くときは、これを用うれば必ず勝つ、これを留めん。
将 吾が計を聴かざるときは、これを用うれば必ず敗る、これを去らん。
計、利として以て聴かるれば、すなわちこれが勢を為して、以て其の外を佐(たす)く。
勢とは利に因りて権を制するなり。
まず、素直に読んでみる。
「将」が吾が「計」を聴くときは、この「将」を用いれば必ず勝つ。
この「将」を手元に留めておく。
「将」が吾が「計」を聴かない時は、この「将」を用いると必ず敗ける。
なのでその「将」を去らせる。
「計」は「利」として用いて聴かれるときは、これが「勢」を為して、それを以てして、その外を佐(たす)ける。
「勢」とは「利」が原因で、「権」を制するのだ。
と読めば、齟齬は少ないか。
①「将」が「計」を聴く→勝つ→その「将」を手元に置く
②「将」が「計」を聴かない→負ける→その「将」を去らせる
③「計」は「利」を以て聴かれる→「勢」を為す→外を佐ける。
④「利」が因、「勢」が果、結果は「権」を制する。
ただ、話を聞く将を手元に置こうという話は無いと思う。
・「利」を以て、「将」に「計」を聴かせなければいけない。
・そうすれば、「勢」を為して、外を佐ける。
・「勢」→「権」を制する
という流れのようだ。
単純化するのは良くないが、人を使う時は、利点を明確にして指導する必要があって、その内容が「計」であれば、それが「勢」となって、「権」を制するという整理か。
不明な点
・「計」
・「利」
・「外」
・「佐ける」
・「権」
これらは、まだ不明のまま先に進む。
つぎは三を読む。
先ずは書き下し文
兵とは詭道(きどう)なり。
故に、能なるもこれを不能に示し、用なるもこれを不用を示し、近くともこれを遠きに示し、遠くともこれを近きに示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓(みだ)し、卑にしてこれを驕らせ、佚(いつ)にしてこれを労し、親(しん)にしてこれを離す。其の無備を改め、其の不意に出(い)ず。
此れ兵家の勢、先きには伝うべからざるなり。
これも素直に読んでみる。
兵は詭道です。
なので、能あるを不能と示し、用なるを不用と示し、近くても遠いと示し、遠くても近いと示す。
「利」をしてこれを誘い、「乱」にしてこれを取り、「実」にしてこれに備えて、「強」にしてこれを避け、「怒」にしてこれを撓(みだ)し、「卑」にしてこれを驕らせる、「佚」にしてこれを労し、「親」にしてこれを離す。
其の無備を改めて、其の不意に出てくる。
これが兵家の「勢」であり、先に伝える事はできない。
一言で言えば、自分の実態を敵にわからせないことを目指すようである。具体例も示している。
・「能」→「不能」に見せる。
・「用」→「不用」に見せる。
・ 近い→遠くにいるように見せる。(逆も同じ)
・「利」→誘う
・「乱」→取る
・「実」→備える
・「強」→避ける
・「怒」→撓す
・「卑」→驕らせる
・「佚」→労す
・「親」→離す
・ 無備を改め、不意にでてくる。
詭道の「詭」は「偽り欺く」と言う意味の様だ。なぜ『「兵」は「詭」である』ではなく、「詭道」なのか?「道」は、「上下の意を一つにするもの」だったはずで、その「道」とは無関係なのか?一旦、其処は保留する。
凄い雑に、この章を読むのなら、私ならこう読むと思う。
「兵」は騙しあいです。
能力は、無いように見せかけ、用があるところを不用の様に見せかけ、近いものを遠くにあるように錯覚させ、遠くにあるものを近くにあるように錯覚させます。
利益があるように見せて、相手を誘い、乱れた敵を取り除く、実力組織で敵に備え、強敵は避けます。
怒らせてペースを乱し、弱そうに見せて、相手を驕らせ、逃げるようにして、相手を疲れさせ、親しくみせて遠ざかっていく。
無防備を改めて、相手の不意に突き出撃します。
これが兵家の「勢」であって、事前に伝える事は出来ないモノです。
こう読むと、「強」以降は、不意に強敵と遭遇した場合の対処を明確に示しているようだと思った。
「強」以前は、まずは基本姿勢。自分の実力、意図を隠す。
「強」以後は、強敵への対処法、まず怒らせて、追いかけさせ、驕らせて、逃げている様で、敵の労力を無駄に増やし、「いやあ敵わないです」とペコペコしながら、遠ざかっていく。自軍の無防備を改めたなら、機を見て逆襲するという作戦に見えた。
ただ、其処ら辺は曲解かもしれない。
「戦いは騙しあいであり、その場に合わせた即興である故に、事前に準備出来ない」という部分が本質かもしれない。
戦う前の準備は出来るが、戦闘そのものは。その時々の閃きが勝敗を分けることがある。だからこそ、そういう閃きで戦いを左右させない準備はどのようなモノかを今後示すのではないかと予測する。
そのまま四を読む。
まずは書き下し文
夫れ未だ戦わずして廟算(びょうさん)して勝つ者は、算を得ること多ければなり。
未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。
算多きは勝ち、算少なきは勝たず。
而るを況(いわん)や算なきを於いてをや。
吾れ此れを以てこれを観るに、勝負見(あら)わる。
簡単に読む。
それ未だ戦う前に廟算(開戦出兵に際して、祖先の霊廟で画策する儀式)して勝つ者は、「算」を得ることが多いからです。
戦う前に廟算して勝たない人は、「算」を得ることが少ないからです。
「算」が多い人は勝ち、「算」が少ない人は勝たない。
それなら「算」が無いならばどうだろうか。
この観点から私は、勝ち負けが現れると思う。
これは、「算」の多寡が勝敗を分けるのであって、廟算をすることはあまり関係ないと言った事だろうか。
通しで読んでみたが、有名な句「兵は詭道なり」は、孫子の言いたいことの枝葉の様に感じる。戦闘そのものは、虚実が入り乱れて、もう訳が分からない状態になっているように見えるし、本当に収拾が付かない修羅場なのだと思う。その時、どう対処するかは、閃きの有無のようなもので、再現性のない物なのだと思う。
本当に言いたいのは、準備の部分の様に思う。
5つの比較要素「道」「天」「地」「将」「法」を活かすものは「計」であり、「計」には「利」が無いと、「将」は「計」を聴かない。しかし、その「利」をもって「計」を徹底できれば、「権」を制する。
「計」と「利」そして「算」が事前準備でかなり重要な気がする。
「計」をして「情」を索めて、分析した故に、「算」ができ、「利」が組み立てられて、「利」ゆえに「将」に「計」を聴かせることが出来る。この「計」の作用があると、準備段階ではかなり有利なのかもしれない。
【行動・意識への接続(1つだけ)】
(明日から意識することを1つ)
やっぱり、戦争は厄介事だし、避けた方がいい。
同じく、面倒なことは、生きていれば我々にどうしても降りかかる。
事前に関わるか関わらないか、もし判断できるのであれば、まだ問題が小さいうちに判断すべきで、その判断基準は、自分に「利」があるか、否かだと思う。「利」は正直まだ、よくわからないが、利益のようなものだと思う。その問題にかかわって、自分がその労力に見合った利益があるならば、関わればいいし、そうでないなら、うまく逃げる、身をかわす方法を模索した方がいいと思う。この利益があるというのは、今あるものを失う可能性があるので、それを防ぐというモノも含まれる。
【保留メモ】
(今は結論を出さない問い)
「計」とは具体的に何か?「算」とは?「権」とは?「勢」とは?


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