改善のヒントは「困難」の中にある|要約
1. 困難は誰にでもある「自分を映す鏡」
- 頑張っている人ほど困難にぶつかる。
- 周りに強そうに見える人も実はそれぞれの苦悩を抱えている。
- 困難は人間なら避けられないものであり、その人の人となりを映す「鏡」である。
2. 克服は必須ではない
- 直面した困難は、必ずしも今すぐ克服する必要はない。
- 逃げても良い場合があるし、それも人生戦略の一部になり得る。
- 胆力や根性だけでなく、戦略・柔軟性・知性も現代社会には必要。
3. 実戦で初めて自分の力が分かる
- 頭で考えるだけでは実力は分からない。実際に挑戦して初めて理解できる。
- (例:柔道や空手での挫折体験)
- やってみて合わなければ方向転換してもよい。悔しさを糧に続けてもよい。
- 大事なのは「やってみること」であり、その経験から選択肢を見出すこと。
4. 改善は小さな積み重ね
- 困難は自分の弱点や課題を映し出す。逃げた事実も受け止めることが大切。
- 改善とは大きな変化ではなく、日々の小さな挑戦の積み重ね。
- その積み重ねが自分を磨き、人生を豊かにしていく力になる。
- 困難は成長のサインであり、改善のチャンス。
本文導入
人間生きていれば、特に「何とかしてやろう」「もっと人の役に立とう」そんな気持ちで日々頑張っている人ほど、困難にぶつかります。
「もうやめたい」「逃げたい」「どうして自分はこんなにつらいのだろう」そう思ってしまうことは、何かに頑張っている人は特に感じているでしょう。
周りを見渡し見れば、なんでもソツなくこなす人、物おじせずに強い人、苦労一つしてなさそうな美人。
いろいろな人がいて、なんで自分はダメなんだろうと思うかもしれません。
実は、ほとんどの人、先ほど挙げたような人々も、実はその人なりに苦悩があり、苦しんでいます。
多かれ少なかれ、苦しみのない人はこの世にいません。
違いがあるとすれば、「苦しみにどのように向き合っているか。」の一点のみの差だと思います。
困難の質は、自分を映す鏡である。
人は、生きていれば困難にぶつかります。
逆に言えば、ぶつからなかれば嘘なのです。
例えば、金持ちの家に生まれて甘やかされてひきこもりも許された少年がいたとします。
その時、彼がぶつかっている困難は、退屈な時間をいかに埋めるのかなのかもしれません。
それすらもないかもしれません。
ただ、遠い将来に待ち受ける困難は、一般社会で当たり前に備わっているはずの数々の能力の欠如であり、親亡きあとの資産管理の課題であり、築いてこなかった社会関係による孤独です。
問題を先送りにした結果、これら多大な困難と向き合う日があるかもしれませんし、幸いにしてないかもしれません。
ただ、これは極端な例で、人は、生きる中で、様々な困難に直面します。
その一つひとつの困難と如何に向き合って行くかが、その人の人となりとなります。
そういう意味でも、困難というものはあなたを映す鏡です。
今向き合っている困難の質が、あなたという人間がどのような人間なのか評価しているとも言えます。
克服は必須ではない
今、目の前にある困難は、あなたの状況を映す鏡とは申しましたが、困難を克服することは必ずしも必須ではありません。
まず、あなたに直面した困難は、今対処すべきなのかそうでないのか判断する必要があります。
場合によっては逃げてしまっても差し支えがない可能性もあります。
巷には、英雄譚があふれかえっております。
ビジネスマンの成功話や、苦学の末に有名大学に合格した話もあふれております。
しかしながら、全ての人がブラック企業でNO1営業となり、その後起業して大成功できるわけではありません。
そもそも、そういった能力、粘り強さや胆力は、社会で生きていくうえで重要な能力の一部に過ぎません。
現代社会では、胆力や根性だけではなく、戦略や柔軟性、知性も必要なのです。
大切なのは、今ある困難に対して、そういう困難にぶつかって初めて、自分の本当の能力や特性がわかるということでしょう。
実戦で初めて自分の能力を知る
何事も脳内で完結していては自分の能力はいつまでもわかりません。
実際に戦ってみて初めて分かるとも言えます。
初めての試合。私は中学の部活の柔道でしたが、相手は子供の時から町の道場で鳴らした猛者。
結果は秒殺一本負けでした。
柔道で鳴らしダイナマイトパンチを自称していて、高校では初めて空手道を始めました。まず練習で勝手がわからず、一方的に攻撃を受け、ただただ頭が痛かった。
こういう例はいくらでもあると思いますが、大切なのはやってみることです。
やって初めて自分の実力がわかるし、強くなれます。
先ほど申し上げました通り、やってみて好きじゃなければやめてもいいのです。
先ほどの例で言いますと、柔道も空手も現実世界で使うことはほとんどありませんし、素手は弱いから有事の際は武器を使う、声を出す、逃げる、危険なところに近づかないと方向変換してもいいのです。
護身はその方向性で、芸術を楽しむ人生にしようとシフトチェンジをするのも非常に良いことです。
悔しさをばねに、武道に打ち込むのも、もちろんよいでしょう。
ここで言いたいことは一つ、何事もやってみなければわからないということ。
そしてわかってから方向性を決めればいいということです。
自分がわかって、困難を乗り越える強さになる、回り込んでもいい
さて、困難と向き合ってから方向性ですが、知っておくべきことは「選択肢は無限にある」ということ。
「あれをしたい」「これをしたい」から始まって「こう生きたい」「ああ成りたい」と願望は変化していきます。
そこに至る道は一つではありません。
さまざまな日々の困難に向き合うと、自分なりのスタイルができていきます。
「ここが弱点だな」「これを伸ばしたいな」「これはやらなくていいな」と自分なりの対処法は浮かんできます。
困難は自分の鏡ですから、先延ばしにした内容は、いつか回りまわってやってくる可能性がありますが、その時の成長度でまた、対処するか逃げるか考えればいいのです。
でも先延ばしにしたり、逃げた事実から目を背けることは最悪です。
逃げた事実をしっかりと見据えて、それを自分の弱点であり、どのように対処するか考えておくことは非常に大切です。
劣った自分、逃げた自分を認めておくことは成長するために大いに大切です。
改善とは必ずしも大きな変化を起こすことではなく、日々の小さな選択や挑戦の積み重ねです。
その過程こそが、自分を磨き、人生を豊かにする力となります。
終わりに
困難に出会うことは決して悪いことではありません。
むしろ日々挑戦しているサインでもあります。
それは小さな成長への入り口であり、自分を改善するチャンスです。
今日も小さな一歩を踏み出しながら、前に進んでいきましょう。


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